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コラム

2022年06月22日病害・微生物

微生物のチカラを利用した土壌還元消毒法

みなさんこんにちは。病気の研究者の門馬です。今回のコラムでは、土壌還元消毒法という日本で開発され、いまや世界的にも利用されるようになった技術について紹介します。

数年ごとに畑と水田をローテーションして利用することを田畑輪換とよびます。この田畑輪換をすると、土壌病原菌や畑地雑草が抑制されることが古くから知られていました。この現象に注目した新村らの研究グループはさまざまな試行錯誤を繰り返し、1999年になって土壌還元消毒法という技術を発表しました(1)。この技術の開発者である新村さんは、後にこの業績が評価され日本植物病理学学会の学術奨励賞を受賞されています。当時大学院生で、還元消毒をテーマにしていた門馬は、彼の受賞をやっかんでいました(後に共同研究でご一緒させていただいた際に同じ高校の出身であるということを知り、今では尊敬しています)。ちなみに自慢ではありませんが、門馬も還元消毒の研究で同じ学会の学術奨励賞を受賞させてもらっています。

話がそれてしまったので、本題に戻ろうと思います。実は1970年代には土壌還元消毒と類似した技術が利用されていた地域があったそうですが、当時は臭化メチルという特効薬が利用できたため、あまり注目されることがなかったようです(2)。臭化メチルはオゾン層破壊物質であるため、今日土壌消毒用途での使用が全廃されています。これに代わる薬剤も利用されていますが、やはり周辺環境や人畜への影響への懸念から、日本国内に限らず世界的にもリスクの低い薬剤の探索や代替技術の開発が進められています。ちなみに、2021年に策定された「みどりの食料生産システム戦略(農林水産省)」の中で提示された2050年までに達成すべき目標の一つに、化学農薬の使用量の50%削減(リスク換算)というものがあります。現在400以上ある農薬の有効成分のうち、クロルピクリンや1,3-D、MITCといった土壌くん蒸剤が化学農薬使用量(リスク換算値)の50%以上を占めています(2019年農薬年度)。土壌還元消毒は、これらの薬剤の一部を代替できる技術としての期待が高く、国内外でさまざまな発展をしつつ、普及が広まっています。

土壌還元消毒の方法は単純で,以下の3つのステップで構成されています。
 ①土壌への易分解性有機物の投入(土着微生物の活性化)
 ②潅水(土壌からの空気の追い出し,消毒作用関連物質の拡散)
 ③プラスチックシートによる土壌表面の被覆(大気からの酸素の流入の遮断)

これらのいずれも,土壌環境の還元化の促進を目的としています。還元環境というのは、簡単にいうと、酸化体よりも還元体が多くなっている状態のことです。還元土壌中に錆びた釘などを挿しておくと錆がきれいに取れます。土壌溶液中の還元体が錆びた釘を還元するためです。土壌の還元状態の発達は微生物の代謝に由来するものです。微生物群は土壌の環境に対応して代謝活動しますが、一方その代謝は環境に対して影響を与えます。あるグループの微生物がその代謝を通じて環境を変化させると、この新しい環境に適応した他のグループの微生物が代謝の主導的な地位を占めるようになり、さらに環境を変化させといった連鎖反応が起こります。還元処理をした土壌では、このような連鎖反応により還元体が豊富な環境へとシフトしていきます。

 温かい時期であれば23週間の処理で、さまざまな植物病原菌や植物寄生性線虫の密度が低減してきます。使用する有機物は、微生物が容易に分解できるものであればなんでも良く、筆者は学生の頃に酒屋さんかもらった酒粕を使ったこともあります(酒屋のおじさんにはもったいないと呆れられましたが)。実用の場面においては、十分な消毒効果が得られることに加え、環境への負荷が少ないこと、安定した品質のものが安価にかつ、使いたいときに十分量手に入ることが求められます。

 これらの観点から、多くの場面において米ぬかや小麦ふすまなどが使われてきました。これらの資材は散播、混和が容易ではありますが、資材が混和された深さまでしか効果が得られないこと、家畜飼料としての用途もあること、窒素分を含むため次作の肥培管理に注意を要するといったデメリットがありました。

 2007年になって元千葉県農林総合研究センターの植松らが「手指と同じように,エタノールで土壌消毒ができないだろうか?」と考えて始めた実験がきっかけとなり、低濃度のエタノールを用いた土壌還元消毒法が開発されました。そして2012年には土壌還元消毒用のエタノール製剤の販売が開始されるようになりました。その後、糖含有珪藻土をはじめいくつかの還元消毒用資材も上市されています。

 実際の処理の方法は、固形の資材を使う場合と液状の資材を場合とで異なります(図1)。固形の資材を使う方法では、家庭菜園のような小規模な畑でも実施しやすいので試してみても良いかもしれないですね(図2)。

低濃度エタノールを用いる場合は、土壌表面を透明フィルムで被覆して、あらかじめフィルムの下に敷設しておいた潅水チューブなどを利用してエタノールを投入します。エタノールの濃度は0.25~1.0%(v/v)程度で十分で、作土層が一時的な飽和状態になるまで投入します。土壌の種類にもよりますが、50㎜~100㎜(50~100L/㎡)で処理することが多いです(3)。エタノールや糖蜜,糖含有珪藻土を用いた還元消毒では、土壌の深層部にも消毒効果が期待でき、また、窒素分を含まないため消毒後の肥培管理が容易であるといったメリットがあります。

 土壌還元消毒期間が終了したあとは、必要に応じて耕耘を行ってから作付けを開始します。土壌の種類によっては、耕耘をせずに作付けが可能な場合もあります。下の図は、トマト青枯病が発生した圃場でエタノールを用いた還元消毒を実施したときの写真です。

土壌還元消毒は微生物の力を利用した技術であることから、温度に対する依存性が高いため、いつもうまくいくわけではありませんが、今後より詳細なメカニズムの解明が進められることで、技術そのものの効果の向上や新たな技術が開発されることが期待されます。次回のコラムでは、土壌還元消毒のメカニズムについてご紹介します。

 参考文献
1) 新村昭憲,坂本宣崇,阿部秀夫:日植病報,65, 352 (1999).
2) 小玉孝司:植物防疫,69, 209 (2015).
3) N. Momma, Y. Kobara, S. Uematsu, N. Kita & A. Shinmura:Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 3801 (2013).


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門馬法明

著者プロフィール

名前
門馬法明
出身地
北海道名寄市
専門分野
植物病学、土壌還元消毒、土壌くん蒸消毒
趣味
釣り、ヨガ、テニス
好きなもの
甘栗