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コラム

2022年07月26日病害・微生物

土壌還元消毒のメカニズム

みなさんこんにちは。病気の研究者の門馬です。今回のコラムでは、土壌還元消毒法のメカニズムについて、現在までに分かっていることをご紹介します。

違うそうじゃない
 いまから十年以上前になりますが、疫病という病害が大発生したとあるピーマン産地にて、土壌還元消毒をやろうという話をしている場面に立ち会ったことがあります。技術の説明をされている方が、「圃場に罹病残渣をすきこんでたくさん潅水してあとは放置してください。それで圃場の消毒ができます」、「この技術は、圃場に残渣を戻す(還元する)ことから還元消毒と呼ばれています」とおっしゃっていました。

 疫病菌は遊走子という水の中を泳ぐ構造体を作るため、大雨で冠水した畑でなどでは疫病がしばしば激発することがあります(図1)。十分な地温が期待できる時期にきちんと被覆をしていれば還元消毒の効果は期待できるかもしれませんが、罹病残渣をすきこんで水をまいただけだと病原菌が圃場全体に蔓延してしまうのでは?とも考えましたが、気が弱い筆者は何も言わずその場を後にしました。


ピーマン疫病

 土壌還元消毒法のやり方は前回のコラムでもご紹介しましたが、土壌中に有機物を投入し、多量に潅水して、プラスチックフィルムで被覆するだけです。これにより、土壌を強制的に還元的な状態とすることで、その過程においてさまざまな植物病原菌や植物寄生性線虫の密度が低減していきます。土壌環境の還元化は酸素の消費が引き金となっているため、酸欠によって病原菌が死ぬと説明されることもあります。しかし筆者らは、少なくともトマト萎凋病菌については(本当はその他の多くの病原菌についてもですが)、単純な酸欠状態で死ぬことはないと考えていました。そこで次のような実験を行いました。

酸欠で病原菌は死ぬ?
 滅菌した蒸留水に水素ガスをバブリングしてやると、溶存している酸素が水素に置き換わり、酸化還元電位は圃場で還元消毒を実施している際に観測される数値と同定程度の-200mVほどになります(図2)。通常の蒸留水は+200mVくらいの値を示します。そこへトマト萎凋病菌の菌体を入れてやり、水素ガスによるバブリングを継続しながら2週間培養を続けました。還元消毒ではだいたい2週間も処理を行えばトマト萎凋病菌は検出されなくなります。その後、菌の生存を確認したところ、トマト萎凋病菌の生存は全く影響を受けませんでした(Momma et al. 2010)。このことからも,少なくともトマト萎凋病菌に関しては、還元消毒の作用を酸欠だけで説明するには不十分であると考えています。

土壌微生物のはたらき
 また筆者らは、土壌環境の還元化には微生物の活動が必須であるということも実験的に証明するために次のような試験を行いました(とある学会の懇親会で、「わざわざそんなことをしなくても土壌学の世界では常識だ‼」と指摘されたこともありますが…)。熱であらかじめ土壌中の微生物をすべて殺菌しておき、そこへトマト萎凋病菌と低濃度のエタノールを加えて密封する還元処理を行いました。この場合、土壌は還元化せず,3週間経過した後も病原菌の密度も低下しませんでした(Momma et al. 2010)。このことから、土壌還元消毒には土壌微生物の働きが必須であることが証明されました。これはエタノールを用いた場合だけでなく、小麦フスマや米ぬかを用いた場合も同様です。

 次に土壌還元消毒に土着の微生物の活動が必須だとして、それらの微生物が一体何をしているのか、積極的に病原菌を捕食するなどの攻撃をしているのか?という疑問がわいてきました。そこで筆者らは,還元処理土壌よりミズトール(大起理化工業)という装置を用いて土壌抽出液を採取し、それをさらに滅菌フィルター(0.2µm pore)でろ過して微生物を除去した土壌抽出液を作成しました(図3)。そこへトマト萎凋病菌を添加する試験を行ったところ、還元処理から採取した溶液中では、病原菌が速やかに死滅することを見出しました(Momma et al. 2011)。半身萎凋病菌(Verticillium dahliae)やナス科青枯病菌(Ralstonia solanacearum)でも同様の作用が確認されています。このことから、土壌還元消毒の作用には、土着微生物群と病原菌との物理的な接触が必須ではないことが示されるとともに、何かしらの水溶性物質が関与していることが示されました。

 

還元消毒作用に関連する成分
 還元化した土壌中には大量の酢酸や酪酸などが蓄積してきます。有機酸には強い殺菌作用があることは皆さんも良くご存知かと思います。還元消毒を施した土壌で検出される濃度帯の酢酸や酪酸に病原菌を浸漬すると簡単に死んでしまいます。また還元化した土壌ではFe2+がたくさん検出されることが知られており、還元化の指標としてFe2+の指示薬を用いた検査法が古くから使われてきました。ある日の帰り道の車の中で、ふと「Fe2+に病原菌を浸漬したらどうなるのだろう?」と考えたのがきっかけで、Fe2+やMn2+などの金属イオンに病原菌を浸漬する実験を行いました(Momma et al. 2011)。その結果、還元消毒を施した土壌で検出される濃度よりももっと低レベルの濃度でもトマト萎凋病菌が抑制されることを発見しました。このときの感動は今でも覚えています(ある分野では、Fe2+に殺菌作用があることは常識だったようですが…)。その後、共同研究を行っていた千葉大学大学院の天知先生らのグループは、還元処理土壌から得た土壌抽出液に酸化処理を施してFe2+をFe3+に完全に酸化してしまった溶液中ではトマト萎凋病菌に対する抑制作用がほぼ消失することを報告しています(磯山ら,2017)。抽出液に酸化処理をするアイデアには脱帽でした。

 還元消毒ではさまざまな有機物が用いられますが、いずれの有機物を用いた場合にも、その構成割合は違ったとしても有機酸や還元化された金属イオンが蓄積してきます。このことからも、これらの物質が還元消毒の作用に大きく貢献していると考えられます。

 以上のように、土壌還元消毒では微生物の作用により土壌の還元化が促進され、その過程で蓄積してくる成分の影響で土壌病原菌の密度が低減していきます(図4)。もちろん、直接的に病原菌を攻撃するような微生物が存在していたり、有機酸や金属イオン以外のファクターが関与していたりする可能性もあります。そして、還元消毒の期間が終了した後は、被覆資材を除去し必要に応じて耕起などを行うことで、還元化された金属イオンは酸化され元の状態にもどり、有機酸は揮発または微生物による分解を受け消失してしまいます。このため、土壌の還元化によって生成した成分が土壌中に残留して、あとから植える植物に悪影響を及ぼすことはありません。

 

 

還元消毒の普及
 還元消毒はこれまでに日本国内に限らず、アメリカや中国などでも普及が拡大してきています。この背景として、化学合成農薬による土壌消毒と比較して環境や人畜への負荷が小さいということに加え、再汚染のリスクが小さいということも関与しているのではないかと考えています。次回のコラムでは、土壌消毒の再汚染のリスクについてご紹介します。

 

参考文献
磯山 太郎,堀 知行,門馬 法明,宇佐見 俊行,天知 誠吾(2017)低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法における殺菌メカニズムの解明 環境微生物系学会合同大会2017発表要旨,O-121http://environmental-microbiology.org/2017/pdfs/%E8%A6%81%E6%97%A8%E9%9B%86/%E8%A6%81%E6%97%A8%E9%9B%86_%E5%8F%A3%E9%A0%AD.pdf,(参照 2022.07.07

Momma N, Momma M, Kobara Y (2010) Biological soil disinfestation using ethanol: effect on Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici and soil microorganisms. J. Gen. Plant Pathol., 76,336-344

Momma N, Kobara Y, Momma M (2011) Fe2+ and Mn2+, potential agents to induce suppression of Fusarium oxysporum for biological soil disinfestation, J. Gen. Plant Pathol.77331-335

 

門馬法明

著者プロフィール

名前
門馬法明
出身地
北海道名寄市
専門分野
植物病学、土壌還元消毒、土壌くん蒸消毒
趣味
釣り、ヨガ、テニス
好きなもの
甘栗

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