土壌消毒と再汚染-肥料高騰で土壌病害が深刻化?!
みなさんこんにちは。病気の研究者の門馬です。今回のコラムでは、土壌消毒と再汚染のリスクについてご紹介します。
突然ですが…
2021年ころから化学肥料の高騰が続き、JA全農は2022年6月~10月に各都道府県組織に販売する肥料の価格について、前期と比較して、尿素で94%、塩化カリウムで80%の値上げをしたようです。筆者はこのニュースを知り、来年の夏は土壌病害の被害がより深刻になるのではないかと心配しています。
なぜ肥料が高騰すると、土壌病害の被害が深刻になるのか?
肥料だけでなく、燃料代や各種生産資材、輸送費などのあらゆるものの価格が上昇傾向にあるなかで、農産物の販売価格は必ずしも上昇しているわけではないため、生産者はこれまで以上に生産コスト削減を考えなければならなくなってきています。そのよう状況下で「これまで予防的に実施してきた土壌消毒を今年はやらない」とか、「土壌くん蒸消毒や土壌還元消毒は行わずに太陽熱消毒だけ実施する」といったことをたびたび耳にするようになりました。もちろん筆者も必要のない土壌消毒を行うことには反対ですが、これまで習慣的に実施してきたことで病害の発生が低レベルに抑えられてきていたというケースも少なくないと想像しています(図1)。このように予防的な土壌消毒を行わなくなることや、より簡易的な消毒法を選択することで、土壌病害が顕在化してくる可能性があるのではないかと筆者は考えています。
ここで今回のコラムのテーマ「土壌消毒と再汚染のリスク」に話を戻したいと思います。
土壌消毒を行うと再汚染のリスクが高くなる?
このことは昔からよく言われていることで、特に選択性の低い(広い生物種に作用する)薬剤を用いた土壌消毒剤で問題となることがあります。例えば筆者の主な仕事の一つに抵抗性品種の選抜というものがあります。植物に病原菌を接種して、影響を受けにくいものを選ぶという作業です。この作業を行う際に、あらかじめ熱で土壌中の微生物群を殺菌しておいたところへ病原菌を投入すると、熱をかけていない生の土壌へ病原菌を投入した場合と比較して格段に病害の発生が顕著になります。これと同じことが土壌消毒を行った場合にも起こります。
圃場全体をまんべんなくきれいに処理することができて、その後の病原菌の持ち込みが起こらなければ、病気は再発することはありません。しかし実際には、圃場の端の部分や施設内では柱の周りや壁際など、消毒を行いにくい部分には病原菌が残存してしまうことが多々あります。また、消毒を行えない圃場の出入り口付近やや圃場の周りにも病原菌が存在していることがあるので、そこを生産者が通ることで、せっかくきれいにした圃場内に病原菌を持ち込んでしまうことがあります(図2)。土壌消毒によって微生物群の密度が低下したところに病原菌が持ち込まれることで、上述の抵抗性品種選抜の例のように、病害がよりひどくなる可能性があります。このように再汚染のサイクルを遮断できないようなところで、予防的な土壌消毒に頼っているのではないかと想像されます。
あらゆる土壌消毒が再汚染のリスクを高めるの?
土壌消毒と一口にいっても様々な手法があります。ここでは土壌くん蒸剤による方法と土壌還元消毒を取り上げて、筆者が行った試験結果を用いて再汚染のリスクについて解説します。
土壌くん蒸消毒や土壌還元消毒を施した土壌に、トマト萎凋病菌という糸状菌を添加して病原菌が再侵入してきた状況を再現しました。そこへトマトを移植すると、図3のように土壌くん蒸消毒区では激しく発病したのに対し、小麦ふすまやエタノールを用いた土壌還元消毒区ではほとんど発病が認められませんでした(1)。つまり土壌還元消毒の方が再汚染に対するリスクが小さいといえます。
なぜ還元消毒では再汚染のリスクが小さいのか?
クロルピクリンを用いた土壌くん蒸消毒では、病原菌だけでなく多くの土壌微生物も影響を受け、その密度が大幅に減少します。筆者の行った実験では、特に糸状菌群がその影響を強く受けるようでした(表1)。これに対し、土壌還元消毒では、ターゲットとしない微生物群への影響は比較的小さいことが分かっています。つまり、ある病原菌の密度は低減する一方で、それ以外の微生物群はあまり影響を受けないということです。なぜこんな都合の良いことが起こるのかはまだ完全には明らかにはされていませんが、筆者は土壌還元消毒の過程で生じるある種の有機酸や金属イオンの蓄積、土壌環境の変化に対して病原菌群の方が感受性が高い(敏感に反応する)ためではないかと考えています(2)。
土壌くん蒸消毒と土壌還元消毒では、土壌微生物に及ぼす影響についてこのような違いがあります。この違いが再汚染のリスクの大小に影響しているのではないかと考えています。安定した微生物相が形成されている土壌では、外部から侵入した微生物はなかなか定着することができません。これを土壌の排他的性質と呼びます。例えば、有用菌と呼ばれるものを投入しても期待どおりの効果が得られないのもこれが原因の一つです。これを病害発生の側面から見ると、排他的性質は病原菌の侵入に対する土壌の抵抗性と捉えることができます。つまり土壌還元消毒は、土壌の抵抗性を維持しつつ、病原菌の密度を低減できる技術であるといえます。
土壌還元消毒法は持続可能な農業に貢献
土壌還元消毒は再汚染のリスクが小さい土壌消毒技術と考えられます。あるミニトマトの生産者組合では、土壌くん蒸消毒を行っていたのにも関わらず、長い間根こぶ線虫や立枯病などに悩まされていました。そこで低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒を行ったところ、生産性が大幅に向上しました。この産地では土壌還元消毒は数年に一度、もしくは病害の被害が目立ってくるようになるまでの間は太陽熱消毒のみを実施するという取り組みを行っています。この取り組みにより、それまで毎年行っていた土壌消毒のコストを削減しながらも、安定した生産を持続することが可能になりました。
この事例のように、もしかしたら土壌消毒の方法を見直すことで、土壌消毒のコストも削減しつつ、安定した生産性を維持できることができるケースも多いのではないかと考えます。化学肥料の高騰が落ち着いて「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とならないように、未来のために常に生産方法の見直しや技術の向上に取り組んでいくことを忘れないようにしたいですね。
参考文献
1) N. Momma, Y. Kobara, S. Uematsu, N. Kita & A. Shinmura:Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 3801 (2013).
2) 門馬 法明:科学と生物 Vol57, No10, 590 (2019)
著者プロフィール
- 名前
- 門馬法明
- 出身地
- 北海道名寄市
- 専門分野
- 植物病学、土壌還元消毒、土壌くん蒸消毒
- 趣味
- 釣り、ヨガ、テニス
- 好きなもの
- 甘栗
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